信州の伝承文化 -長野県無形民俗文化財-

小菅の柱松行事  修験道の文化を伝える年占の火祭り行事

県指定無形民俗文化財 【飯山市】

由来・次第

 柱松行事は本来、精霊を招くために柴や草などで柱を建て、その上に立てた榊や御幣に火をつけるものであったが、後になると、点火の遅速によって豊凶を占うようになった。民間行事として全国的に行われている。一方、修験道にもこの習俗が取り入れられ行われていた。小菅の柱松行事は後者のものであり、中世頃は鬼魅調伏(きみちょうふく)のため行われたものが、近世には今の形になったと考えられる。修験関係の柱松行事で今日まで伝承されているものが少ないなかにあって、小菅のものはよく完全な形で残っており、民俗行事や修験の研究をするうえで貴重なものである。
 祭りは講堂前の祭式場で行われる。くねり山伏が太鼓を鳴らすと、競技開始となる。太鼓が鳴ると、若衆は松神子(まつみこ)を抱えて柱松の上にいる若衆に松神子を渡す。松神子を受け取った若衆は、松神子の胸につけた火打ち金を取って尾花に火をつける。先についたほうが勝ちとなり、東(上(かみ))の方が早ければ天下泰平、西(下(しも))が先なら五穀豊穣になるといわれる。尾花に火がつくと松神子を下へおろし、支えの蔓(つる)を切って柱松を倒す。まわりの観客たちが走り寄り、尾花や榊を取り合う。この2つは神の宿った象徴として大切にされる。榊の枝は、畑にさしておくと、虫除けになるといわれている。
 かつては毎年7月15日に行われていたが、現在は3年おきに7月15日以後の最初の日曜日に行われている。

北信濃で行われている柱松行事は「北信濃の柱松行事」として、平成17年2月に国の選択無形民俗文化財となっている。

(写真 長野県教育委員会)

●開催日/7月15日以後の最初の日曜日(3年に一度)
●開催地/飯山市瑞穂 小菅神社

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