ふるさとの文化財を守り伝える心

Vol.03 村の守り神が住まう樹の下で 乳房観音堂保存会

生坂村小立野(おだつの)にある観音堂の境内。イチョウの梢(こずえ)からやわらかな光がこぼれています。乳房に似た瘤(こぶ)を持つこの木は「乳房いちょう」と呼ばれ、乳の出が悪い産婦が観音様に願をかけ、下枝を持ち帰り煎じて飲むと母乳が出るようになるという信仰が江戸時代から一帯に伝わります。大願成就のお礼に奉納される木綿の乳房は、昭和初期には600個を数えました。現在も堂内外に掲げられた絵馬から当時がしのばれるほか、平成の奉納乳房もあり、信仰が現代に生きていることを感じます。
昭和30年代以降、イチョウの管理は小立野地区約50戸ほぼ全戸で構成される「乳房観音堂保存会」が担っています。天然記念物に指定された樹木は手を加えるにも困難が伴います。折れる危険のある枝の剪定に際しても教育委員会への申請が必要となり、費用も保存会が負担しなければなりません。保存会会長の赤羽清充さん(63歳)は「若い人も少なくなってるからねぇ。それでも、子どものころからここで遊びながら育ってきたから、大切にしたいよね」と静かにほほえみます。
霜が降りると黄葉し、ある日、1日でサラサラと落葉するイチョウ。境内を黄金色に埋め尽くすイチョウの葉の絨毯(じゅうたん)で遊ぶことを毎年心待ちにしている地元園児の笑顔が、保存会にとって大きな喜びです。「この下にいると、私たちみんな、この木に守られているような気がして安心するんだよね」と中村正子さん(73歳)は、大木を見上げながらつぶやきました。自分たちが育った愛着ある場所を大切に思う気持ちと、次世代への願いが保存会の活動を支えています。

乳房観音堂保存会の皆さん。観音堂は村の有形文化財

乳房イチョウ(東筑摩郡生坂村小立野)
樹齢約800年のイチョウ(雄株)の大木。昭和40年(1965)長野県の天然記念物に指定。樹高約35m、柱瘤(気根)は最長2m余。イチョウは大木になると乳状の瘤を発するため、全国各地に母乳の信仰があります。

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