河越虎之進 展

展覧会の詳細

展覧会名河越虎之進 展
会期2014年10月11日(土)~11月2日(日)
※終了しました
場所長野市岡田178-13 八十二別館1階 ギャラリー82
概要2014年の企画展では、松本市出身の作家 河越虎之進(かわごえ とらのしん)を紹介します。
 河越虎之進は1891(明治24)年、南安曇郡梓村花見(けみ)(現松本市)に代々続く庄屋の長男として生まれました。
 松本中学校(現長野県松本深志高校)に入学し、美術教師武井真澄と出会い、卒業後武井の母校である東京美術学校(現東京芸術大学)に学び、黒田清輝、藤島武二、和田英作、岡田三郎助などの教えをうけました。この明治の新進たちがもたらした外光主義は、その手堅く伝統的な手法とともに、虎之進の長い制作活動の基軸となりました。
 虎之進は旧家を守るため、中学在学中19歳で結婚しました。しかし、画業への夢は捨てがたく、1920(大正9)年、花見の家をたたみ妻とも離婚して、画業への専業を決意しました。
 1921(大正10)年、再婚し小田原にアトリエを構え画業のスタートをきりました。1927(昭和2)年、第8回帝展に入選すると、翌年の帝展への連続入選をはじめとし、数々の展覧会に入選し、意欲的な制作を続け新進作家として注目をあつめていきました。
 1931(昭和6)年、40歳の虎之進に挫折は突然やってきます。重度の右足関節炎を発病し、歩行を失い病臥生活を送ることとなってしまいました。1930(昭和7)年頃より得た教師の職を失い、娘の死・母の死と相次ぐ肉親との別れという試練のなかで、心はいつしか若き日に去った故郷の山々に向けられていったのです。
 主治医に湯治をすすめられたのをきっかけに信州「崖の湯」に家族共々疎開し、自ら設計した住まい「丘隅庵(きゅうぐうあん)」を建てました。湯治により次第に歩行を取り戻し堰を切ったように気迫のこもる作品を生み出していきます。そして自然と対峙しながら自らをそのなかに同化させ、「あるがままに描く」を実践していきました。
 中信美術会・日本山岳画協会など生涯を通じてかかわった団体を除き、いわゆる画壇のグループには属さなかった虎之進は、友人たちの誘いを断り、中央画壇に復帰することはありませんでした。
 信州の風土を描き続け、ほぼ1世紀を生きた河越虎之進。
 本展は、その作品と資料を展示し画業を回顧します。


作品:「自画像」(1958年)

「春の野良」

1928年
個人蔵

丘庵

1977年
松本市美術館蔵

さといも

1977年
松本市美術館蔵

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