倉田白羊展

展覧会の詳細

展覧会名倉田白羊展
会期2000年10月21日(土)~11月12日(日) ※会期中無休
場所長野市岡田178-13 八十二別館1階 ギャラリー82
概要 倉田白羊は山本鼎の提唱した児童自由画教育運動と農民美術創設の運動に共鳴し、大正11年(1922)の秋、日本農民美術研究所副所長として上田市に移住、信州の自然と山村の人々をこよなく愛し続けこの地で生涯を送りました。
 明治14年(1881)埼玉県に生まれ、13歳で浅井忠門下となり、その後東京美術学校西洋画科を卒業。太平洋画会・文展・日本美術院に作品を発表し、大正11年には山本鼎・梅原龍三郎らと春陽会の創立会員として参加しています。
 「野外の仕事をこのみ、平静の生活について画業に専念したい」という言葉どおり、炎暑の下でも厳寒のさなかでも制作を休むことなく続けました。その作品に一貫していえることは、現場での風景写生による克明な写実への努力であったといわれ、大地に足をつけ地道に生きる人々やその風景の広がりを暖かい目で捉えています。
 本展では、信州の美術界に大きな影響をあたえた倉田白羊の足跡をたどりたいと思います。

くらた はくよう
明治14(1881)年12月25日埼玉県浦和市(現さいたま市)に生まれる。本名は重吉(しげよし)。東京美術学校西洋画科卒業。太平洋画会会員。山本 鼎・森田恒友・石井柏亭創刊の同人誌「方寸」に参加。大正11年(1922)春陽会創立会員。同年山本鼎に懇請され日本農民美術研究所副所長として上田市 に移住。農民美術の振興や農村産業普及に努力する。昭和13年(1938)11月29日逝去。享年57歳。

みどりの木蔭道

1929年
37.6×45.5cm

たきび

1935年
198.3×273.2cm

井戸端

1936年
41.8×60.5cm

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