ふるさとの文化財を守り伝える心

vol.30 世代を超え つながる想い 仁科神明宮の神楽

「おしんめい(神明)さま」。大町市宮本の仁科神明宮は、地域の皆さんに親しみを込めてこう呼ばれています。境内は樹齢約千年の熊野杉に包まれ、氏神様として今も昔も身近な存在です。中世仁科氏による神事から松本藩主代々の祈願所として受け継がれ、藩主吉凶祈願の際は神楽が奉納されていました。明治以降は氏子の皆さんにより様々な神事と祭典が行われています。
祭神天照大神に捧げる古風で幽雅な太々神楽は、長い歴史と伝統の中で受け継がれてきました。現在は9月第3月曜日に奉納されています。演目は「剣(つるぎ)之舞」「岩戸神楽」「五行(ごぎょう)之舞」「水継(みずつぎ)」「幣(ぬさ)之舞」「龍神神楽」「道祖神」。7つの演目終了後に全員での謡「太平楽」。そして参拝に訪れた方々には破魔矢が授けられます。
神楽の舞方は神楽員と呼ばれ、神楽長を中心に20代、30代の青年男子がつとめます。笛・小太鼓・太鼓の囃子方、謡方、舞台の裏方は経験のある神楽員OBがつとめます。
戦後、若い担い手が減り継承が危ぶまれましたが、昭和44年、長野県無形民俗文化財に指定、続いて昭和45年、仁科神明宮神楽保存会を設立、氏子の皆さんが保存会員となり今日まで受け継がれてきました。
保存会会長の矢口博文さん(59歳)は以前神楽長をつとめ、現在はOBとして舞方や謡方などの指導にあたっています。「神楽殿で行う稽古は若い神楽員の皆さんが中心となり、当たり前のように準備を進めてくれるので、OBは指導や本番への調整に専念できます」と矢口さん。「受け継いだ神楽を正確に伝えたい」という想いから稽古にも熱が入ります。皆で声を掛け合いながらの活気ある稽古の後は、時間を忘れ語り合うこともあり、「おしんめいさま」が世代を超えた交流の場として賑わいます。
「肩肘はらず自然で当たり前。この現状をいつまでも守り、多くの方に見て知ってほしい」と願う矢口さんの笑顔に継承への気負いはなく、純粋に神楽に親しむ様子がうかがえます。神楽員を卒業しても培われた「神楽の輪」が「地域の輪」となり活力を与えています。暮らしている土地の文化を尊び、楽しみ、次へと繋ぐ文化伝承の理想の姿は、こうした自然体な地域の温もりによって育まれているのかもしれません。

(昭和44年 長野県指定無形民俗文化財)
演目「岩戸神楽」。岩戸隠れの神話を演じる能神楽。手力男命(たぢからおのみこと)が岩戸をこじ開け、天照大神が姿を現す場面。写真(中)左奥の本殿は現存する最古の神明造りとして、中門、釣屋と共に昭和28年国宝に指定されている。

写真(下)は当日の神楽殿の様子。演目「龍神神楽」。海幸山幸の神話が元。海老・蛸・鯛(あかめ)の間(あい)狂言の場面。様々な系統を受入れながら、出雲神楽の様式を残す今日の型に定着。元々は門外不出だったが、最近では依頼に応じて仁科神明宮以外でも演じられている。

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