ふるさとの文化財を守り伝える心

Vol.25 柚餅子に夢を託して 南信州の柚餅子

南北に長い長野県では、各地に多様な食文化が残っています。下伊那南部、天竜川沿いの温暖な地域では柚子が栽培され、これを素材とした柚餅子の生産が泰阜村や天龍村で行われています。昔はこの地域のどの家庭でも囲炉裏の上に吊るし乾燥させ、その家々の独特の味を保存食としましたが、囲炉裏の生活がなくなると同時に消えかけていました。
天龍村の中でも最南端に位置する坂部地区は、愛知・静岡の県境に接する静かな山里です。森林資源に恵まれていたこの山里も、国産木材の需要下落と共に過疎化が進みました。そんな頃、坂部の若妻たちがグループを作り、この地に古くからある柚餅子の勉強を始めます。その柚餅子を、坂部の伝統行事「冬祭り(重要無形民俗文化財)」の見物者に出したところ大変喜ばれ、後日東京から大量の注文が入りました。「家庭を守りながら働ける場はないだろうか」と考えていた矢先であり、これがきっかけにもなって昭和50年に「天龍村柚餅子生産者組合」が発足、柚餅子の商品化への試行錯誤が始まりました。
天竜川に紅葉が落ちる11月頃になると、冬の風物詩でもある柚餅子作りは始まり、柚子の香り漂う工場では翌年3月頃まで作業が続きます。「食品添加物を含む食べ物があふれる昨今ですが、地元の食文化を知り、体に良いものを食べてほしい」と責任者の関京子さん(73歳)。柚子は地元産のものだけを使い、掌の中でひとつひとつ丁寧に作られています。
現在、加工場では関さん夫婦のほかに92歳、86歳のおばあちゃんが組合員として働き、繁忙期には友人や親戚も手伝いにかけつけます。天龍村の高齢化率は全国でもトップクラスですが、ここにはお年寄りが生涯現役で働く場所があり、柚餅子で繋がるコミュニティーがあります。「子どもたちが喜んで帰ってきてくれるような故郷作りをしておきたいんです」と笑顔で語る関さんからは、エネルギーが満ちあふれていました。香り深い小さな柚餅子には、坂部や家族への愛情、たくさんの思い出、そしてこれからの夢が詰まっています。

組合の加工場での柚餅子作りの様子。中身をくりぬいた柚子に具となる材料を手作業で詰めていく。具は、味噌・オニグルミ・ゴマ・小麦粉・砂糖などを練り合わせたもので、大半は坂部で収穫したものでまかなっている。

「南信州の柚餅子」
(平成12年 長野県選択無形民俗文化財)
柚餅子は独特の風味と香りがある珍味で、なるべく薄く切り、茶請けや酒のつまみにもなる。キュウリやチーズに挟むと、ワインとの相性もよい。天龍村坂部は「武士の隠れ里」と称され、柚餅子は古くから武士の携帯食・保存食でもあった。

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