ふるさとの文化財を守り伝える心

Vol.24 笑顔で豊作を祈る 刈谷沢神明宮作始め神事

樹齢600年を超える杉の大木が境内に生い茂る東筑摩郡筑北村の刈谷沢神明宮は、昔も今も変わらずこの地域の人びとの心のよりどころとして親しまれています。厳しい冬の寒さがやわらぎはじめる3月第2日曜日の春の例大祭では、五穀豊穣と子孫繁栄を祈願する神事が行われます。
御田植祭とも呼ばれるこの行事の主役はお札(ふだ)で作られている張子の牛です。この張子の牛を抱きかかえた太郎、万鍬(まんが)をもった次郎が「ボウボウ」と牛の鳴き声を出しながら代掻きの所作をまねて式場をまわり始めると、まわりの見物人からは待っていましたとばかりに、牛、さらには太郎や次郎めがけて雪玉が投げつけられます。沢山の雪玉を投げつけられ、「寒い。痛い」というのが彼らの役まわりですが、太郎や次郎の「毎年毎年やでござる」といった愉快な即興に場は盛り上がり、笑い声が境内に響きわたります。
降水量が少なく、何度も干ばつに見舞われているこの地域では、豊作の吉兆と言われる雪を投げることには、今年も十分な雨が降り、豊作でありますようにという祈りが込められています。そのため、雪はこのお祭りに欠かせないのです。雪がない年には、ムラの若者が軽トラック3台分もの雪を山から運んでこの祭りにそなえます。
田遊びやお作始めなどの予祝芸能は県内でも何ヶ所かで行われていますが、苦労が多い代掻き作業を笑いの中に融合させた刈谷沢の御田植祭はユニークであり、また非常に素朴な行事で、見る人の心をなごませてくれます。「素朴でオープンな雰囲気の中、その場にいるみんなが楽しめるからこそ、絶えることなく毎年行われてきたのでしょう」と語る氏子総代会長の宮入敏家さんの言葉から、この行事がいかに地域の人びとに愛され続けてきたのかが感じ取れます。
底抜けに明るい歓声が境内に響きわたるとき、刈谷沢には春が訪れます。

―牛を導く太郎と代掻きをする次郎―
「刈谷沢神明宮作始め神事」
(平成2年 県無形民俗文化財指定)
御田植祭は五穀豊穣、子孫繁栄を祈願して春祭りに行う神事。いつから行われていたのかは明確ではないが、祝詞や言い伝えから400年前頃に始まったと推定されている

「刈谷沢神明宮」
伊勢神宮の御厨鎮護のために勧請されたと伝わる神明宮で、旧坂北・本城二村全域と麻績村の一部の惣社であった。昔は神主が神事の中で祝詞を奏上していたが、現在は、外神主と呼ばれる刈谷沢区の区民の手によって行われている

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