ふるさとの文化財を守り伝える心

Vol.20 人々を見守る道祖神 芦ノ尻の道祖神祭り

長野市大岡地区(旧更級郡大岡村)は「日本の棚田百選」に選ばれた農村風景がいたるところに見られます。山間部にある芦ノ尻集落は、手入れされた山林や田畑などの美しい景観が広がり、ここで暮らす人々の豊かな日常が感じられます。ユニークな雄姿で知られる芦ノ尻の神面装飾道祖神は集落のはずれで北アルプスの山並みを一望しています。
芦ノ尻の道祖神祭りは正月松の内が終わる1月7日に行われます。祭りは、1年間村の守護を果たした神面への感謝の拝礼後、取り外し焼くことから始まります。その後、各戸から持ち寄った注連縄を選び、1.5メートルほどの道祖神の石碑に新しい神面を飾りつけ、翌年までの1年間、悪霊や疫病から集落を守る守護神とします。
この道祖神祭りは古くは15歳以上の未婚の男子によって行われる若衆仲間入りの祭事でした。しかし過疎化が進み、38世帯ある集落のほとんどが老夫婦の二人暮らしで、60代、70代を中心とした男性によって支えられているのが現状です。さらに高齢化が進み、集落で米を作る人が減ると注連縄を作る藁の確保さえ難しくなる時期が訪れるかもしれないと祭りの今後を心配する声もあります。
一方で、芦ノ尻神面装飾道祖神保存会会長の熊井幹夫さんによると、「この集落はまとまりが強く、声をかければ応えてくれる」関係が築かれており、保存会は集落の全戸の人々で構成されています。「先祖から受け継いだ役割を若い人たちが抵抗なく継承できるようにすることが我々の役目」という思いのなかで、保存会の人々が毎年交代で道祖神の装飾やどんど焼きを執り行い、技術を受け継いでいます。
私たちが暮らす地域は市町村合併により広がりを持ちましたが、近隣とのつながりが希薄になりつつあります。芦ノ尻は小さな集落ですが、そこに暮らす人々は「行事を通して集落の人々の気持ちが一つにまとまります。文化財を守ることは地域を守ることにつながる」と語り、地域に伝わる文化と美しい日本の原風景を次の世代へつないでいます。

「芦ノ尻の道祖神祭り」
平成9年長野県無形民俗文化財指定。
持ち寄った注連縄のなかから適当なものを選んで神面がつくられていく。道祖神への飾りつけが終わるとご馳走や御神酒が備られ、神と飲食を共にする「直会(なおらい)」が始まる

道祖神への神面装飾と同時にどんど焼きの準備が進められる。古くから伝わるように、どんど焼きの心柱には近くの山から切り出してきたクリ、マツ、ナラの3 種の木を用いる。午後6 時頃、迎え火が焚かれる。かつては3 人の新婚者によって火入れが行われていた

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