ふるさとの文化財を守り伝える心

Vol.17 親方から弟子へ 親沢(おやざわ)の人形三番叟(さんばそう)

まだ寒さの残る4月第1日曜日、小海町の親沢諏訪神社の春の例祭では、五穀豊穣を祈願して「人形三番叟」が奉納されます。人間が面をつけて踊る式三番は各地で見られますが、人形が能がかりに舞う芸能は珍しく、県無形民俗文化財に指定されています。初演は天明3年(1783)と伝えられており、独特の伝承制度によって一度も休むことなく奉納されてきました。
人形三番叟に出演する「役者」は、翁(おきな)・千代(ちよ)・丈(じょう)(「丈」は二人遣い)の3体の人形を操る4名と囃子(はやし)方8名の計12名。いったん引き受けると同じ役を7年つとめます。稽古は例祭前の約1週間、地区の公民館に集まり行います。しきたりは厳格で、指導役である親方と役者24名が全員そろって稽古を始めます。稽古はすべて親方からの口伝えです。まず、親方が舞い、役者(弟子)はそれを見様見真似で稽古する。それぞれの親方は弟子にマンツーマンの指導をする。こうした厳しい稽古を通して、親方と弟子は生涯にわたり師弟関係を超えた固い絆で結ばれることになるそうです。
このように独特のしきたりのなかで受け継がれてきた人形三番叟ですが、最近では深刻な後継者問題に直面しています。かつて役者は限られた家系の長男に受け継がれていましたが、時代の流れのなかで役を受けられる人が減り、今では親沢に縁(ゆかり)のある人すべてを対象に役者を探すようになりました。また、例祭の開催日も4年前から休日に合わせています。「口承の部分が多いので、時代を経るごとに変わっていくものがあることは仕方がないことです。大切なことは、先祖から受け継がれてきた人形三番叟を、今後も絶やすことなく続けていくことです」。「おじっつあ」の井上晴正さん(46歳)と「親方」の井出重信さん(36歳)は異口同音に語ります。
「稽古は厳しいですが、教えを請う立場としては当然のこと。人形三番叟に出演できることを誇りに思います」と語る役者5年目の井上正彦さん(29歳)。この春もまた、人形三番叟の優雅な舞を見せてくれることでしょう。

「親沢の人形三番叟」(昭和60年県無形民俗文化財指定)
伝承制度が独特で、「役者」を7年つとめた後、役者を指導する「親方」を7年、さらにこの芸能が古式にのっとって行われているかを「検閲」する「おじっつあ」を7年つとめて、合計21年にわたり人形三番叟に関わり続ける

演舞の1時間半、「翁」を操る役者は、重い木偶(でく)人形を肩よりも高くあげて舞い、「囃子方」はござの上で正座をしていなければならない。
「ぶっそろい」といわれる本番前日の2回目の稽古から本番が終わるまでは、役者たちは神になると言われ、親方であってもいっさい口を出すことはできない

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