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史跡

上境城跡 (フリガナ)カミザカイジョウアト 1カ所

指定区分・種別市-指定-史跡
内容城跡
指定年月日令和 3/08/27
時代区分戦国時代
年代戦国時代
作者
所在地飯山市大字一山字城山
寸法・材質・形状
概要解説 城跡の北側に幅の広い大きな二条の空堀があり、その堀に挟まれるように横15m、縦40mの郭がある。これが立地上平地から続く北側の構えとなっている。郭から少し下がって広い本郭(約40m×30m)があり、郭はやや傾斜の平地であるが建物があった関係から二段になっている。本郭から南側に下ると第二郭があり、さらに下に三段の帯曲輪、その下に犬走状の腰郭がある。千曲川の対岸にあたる野沢温泉村に市河氏が治めた志久見郷の有力拠点である西浦城、平林館があるが、上境城はそれらを見下ろす位置にある。弘治3年(1557)、上杉景虎の命により高梨政頼が野沢に在陣していた武田方の市河信房を攻撃したが、この戦で高梨軍が上境城を使った可能性がある。永禄11年(1568)頃の上境城は上杉方の上堺彦六が在城していたと考えられるが、天正8年(1580)の武田家朱印状写に武田氏の飯山城普請夫役に上境が含まれていることから、上境は越後「御館の乱」以後は3年ほど武田氏領になったようである。
交通案内上信越自動車道豊田飯山ICから車で約30分

※ご注意ください:すべての文化財は見学が可能とは限りません。見学の際は、事前に関連する教育委員会へお問い合わせください。

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