長野県の芸術・文化情報センター公益財団法人 八十二文化財団
指定区分・種別 | 市-指定-有形文化財 |
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内容 | 歴史資料 |
指定年月日 | 平成 21/12/22 |
時代区分 | 江戸時代 |
年代 | 江戸時代 |
作者 | |
所在地 | 松本市丸の内10-37 |
寸法・材質・形状 | |
概要解説 | 松本神社は、昭和28年(1953)に五社と若宮八幡を合祀して名称が松本神社となった。今回の指定物件は、そのほとんどが五社のものである。五社は、戸田家初代の大名になった戸田丹波守康長と正室徳川松姫との間に生まれた、病弱で若く没した松平孫六郎永兼の霊(暘谷)、戸田家の遠祖一色兵部少輔の霊(神号片宮)と戸田宗光の霊、松平丹波守康長(共武)と正室徳川松姫の霊(淑愼)の五柱の神を合祀した神社であった。松本城の城主は、6家23人の城主がその任に当たったが、この間幾度か時代の大きな波に洗われた。たとえば初代石川氏は改易という大きな処罰を受けた。水野家も断絶は免れたもののその危機に遭遇し、家臣は離散し城下は荒れて文化は衰退した。特に戸田家に至っては幕末明治維新の洗礼を受け時代の波に翻弄された。とりわけ明治4年(1871)の廃仏毀釈は、松本城下はもとより、藩領一円にわたって寺院の破壊が行われ、仏教文化を荒廃させた。こうした歴史の流れのなかにあって、今日、僅かでは有るが、松本神社に伝わっている文化財は、松本城と共に貴重な文化財である。 |
交通案内 | JR篠ノ井線松本駅から徒歩20分 |
※ご注意ください:すべての文化財は見学が可能とは限りません。見学の際は、事前に関連する教育委員会へお問い合わせください。
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