長野県の芸術・文化情報センター公益財団法人 八十二文化財団
指定区分・種別 | 国-登録-登録有形文化財 |
---|---|
内容 | 住宅建築 |
指定年月日 | 令和 3/10/14 |
時代区分 | 大正時代 |
年代 | 1913年(大正2) |
作者 | |
所在地 | 松本市保福寺町246 |
寸法・材質・形状 | 木造2階建、一部3階建、瓦葺、建築面積340平方メートル |
概要解説 | 旧小澤家住宅は、松本市の北西部、四賀地区の保福寺町の中心部に位置する。保福寺町は、江戸時代の保福寺通の宿場町(東西の街道沿いに45軒)であり、問屋と本陣を代々小澤家が務めていた。 保福寺通りは古代の東山道にさかのぼるとされ、松本と上田を結ぶ重要な街道であった。江戸時代には江戸街道とも呼ばれ、松本藩の参勤交代の際にもこの道が用いられた。参勤交代の際、藩主は朝に松本城を出発し、保福寺宿の本陣である小澤家で休憩をとり、保福寺峠を越えて上田の浦野宿に止まるのが一般的な行程であった。また、この道は江戸城米の輸送にも用いられ、保福寺宿に集荷して、ここを発送の拠点としていた。保福寺宿は、明治15年(1882)に発生した大火で町の大半が焼失した。小澤家はこの大火での焼失は免れたが、明治41年(1908)の火災では主屋を焼失したと伝わる。現在にのこる主屋や離れ、土蔵群の多くはこの火災後に建設されたものである。 主屋は屋敷地の中央にたつ住居であり、大正2年(1913)に再建されたものと伝わる。 |
交通案内 | JR篠ノ井線松本駅から車で30分 |
※ご注意ください:すべての文化財は見学が可能とは限りません。見学の際は、事前に関連する教育委員会へお問い合わせください。
写真をクリックすると拡大画像がご覧いただけます