寒松院(真田昌幸室)の墓 カンショウイン サナダマサユキシツ ノハカ 

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史跡

指定区分・種別市-指定-史跡
内容墳墓
指定年月日昭和 46/04/08
時代区分江戸時代
年代江戸初期
作者 
所在地上田市中央北1-5-7
寸法・材質・形状総高2.11m、墓碑は宝篋印塔
概要解説寒松院は、初代上田城主真田昌幸の夫人で、長男信之(幸)、次男信繁(幸村)の生母。昌幸が慶長16年高野山で世を去った2年後、慶長18年に亡くなり、それからは寒松院と呼ばれた。
交通案内JR・しなの鉄道上田駅から車で10分

※ご注意ください:すべての文化財は見学が可能とは限りません。見学の際は、事前に関連する教育委員会へお問い合わせください。

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