地域文化連載「風土が育む 郷土の食」

Vol.10(最終回) おやき(焼き餅) 長野県

「信州のふるさとの味」

  いろりから 茶の子掘出す 夜寒哉
                         (一茶 『七番日記』)

 寒い夜に、暖をとりながらおやきを食べる北信濃の俳人・小林一茶の姿が思い浮かぶ。一茶はどんなおやきを食べていたのだろうか。
 信州の郷土食といえば、おやきを思い浮かべる人が多い。おやきと一口に言っても、地域によって違いがあり、信州各地の気候風土が表れている。

 長野市西山地方は、急斜面の畑作地帯で、麦や大豆が収穫できたことから、かつては小麦粉を使ったおやきが日常食として定着していたこともあり、現在もおやきの本場として知られている。最近のおやきは焼いたものや蒸かしたものが主流となっているが、おやきの元祖といわれる「灰焼きおやき」は生坂村、旧八坂村(現大町市)などでも味わうことができる。

 そばの産地ではそば粉を使ったおやきがある。なかでも珍しいそば粉のおやきに遠山郷の「サンマのそばだんご」がある。サンマを3センチほどの輪切りにして骨、内臓とも餡にして焼き上げる。サンマの旨味がしみわたり独特の味わいだという。
 
 おやきが日常食であった一方で、正月、お盆、えびす講などの特別な日のごちそうでもあった。行事のおやきには、粉や餡にも気を使ったという。
 西山地方では、1月2日に今年も丸くいくようにと願いを込めて作る「年玉おやき」にはじまり、農業の節目に作るおやきなど四季折々に作られた記録が残っている。盆行事におやきを用意する風習は今でも北信・東信の広範囲にみられ、善光寺平では「丸茄子のおやき」が有名である。また、五平餅の文化圏である上伊那地方ではえびす講に米粉でおやきを作って供えるという。

 現在おやきを日常食、行事食として意識する人は少ないが、おやきが馴染みの郷土食であり続ける理由の一つは郷土の伝統を受け継いだ女性たちの存在にあり、母親のつくる懐かしい味を思い出すものだからではないだろうか。信州人がおやきを食べながら、我が家、地域のおやき話に花を咲かせるのは今も昔も変わらない。おやきは信州人のふるさとの味なのである。

(地域文化№103・2013冬号 掲載)

生坂村を元気にしたいと名物「灰焼きおやき」を作っている「元気だせ家」の井口浪子さん(左)、望月美千子さん(右)

灰焼きおやき(生坂村)
おやきをまるめて皮を焼いたあと、灰の中で蒸し焼きにする

恵比寿棚にお供えするおやき(伊那市小沢)
上伊那地域では、縁起を担いで家門の隆昌を願い、オイベツサマ(恵比寿様)が出雲の国から帰ってくる11月20日におやきを枡に入れてお供えする

恵比寿棚にお供えするおやきは、皮は米粉を使い、小豆餡をつめ、蒸かしたあとに焼き目をつける

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