地域文化連載「風土が育む 郷土の食」

Vol.07 竹の子汁 上高井郡高山村

「季節を伝える山の息吹」

 

 「かみつけの しらねのたにゝ きえのこる

               ゆきふみわけて つみしたかむな」

會津八一の『南京新唱』に収められる「山中高歌」10首目である。「たかむな」は竹の子の古名。會津八一は、大正106月末から7月初旬にかけて、長野県上高井郡高山村の山田温泉に逗留した。八一が恩師坪内逍遥に宛てた書簡「山中より少々持ち来り候たけの子(中略)御目にかけ候」にこの歌が添えられており、時期的に根曲竹(ねまがりだけ)の竹の子といわれる。高山村には、200年以上の歴史をもつ山田温泉をはじめ数々の湯場があり、また小林一茶、森鷗外、与謝野晶子、種田山頭火ほか多くの文人墨客が村を訪れ、紀行文や歌に自然の美しさを記している。

 

根曲竹・姫竹・細竹等と呼ばれる千島笹の若竹は、本州中部から北方の山々に自生し、細長くて柔らかく甘みのある竹の子である。長野県では北信濃、特に山深い寒冷地で5月下旬から7月初旬にかけて採れる。この根曲竹の竹の子と鯖の水煮缶詰で作る味噌汁が、春の恵みと近づく夏の訪れを感じさせる味として親しまれている。

 

高山村は、長野県北東部に位置し群馬県と境を有する。万座山、黒湯山、御飯岳等2,000m級の山々がそびえ、松川ほか千曲川支流が深い谷を刻みながら東西に貫流し扇状地を形成する。高度成長期以前は、扇央に出作り耕作をする雑穀中心の畑卓越地域で、煙草やホップ、果樹栽培も広く行われてきた。炭焼き等山仕事との兼業も多く、竹の子は常食としてよく採られていた。

 

上諏訪で生まれ、長野市から高山村に嫁いだ山口のぶ子さん(67歳)は、「鯖の缶詰を入れる竹の子汁は、嫁いで初めて知った。我が家ではさらに溶き卵を加えるのが定番。家庭によって玉ねぎ、じゃがいも、豚肉等を入れる」という。保存が利く缶詰類は魚肉の代用食材として用いられたが、昭和30年頃までは今ほど安価な食品ではなかった。「『鯖缶は、ホップ(栽培)で疲れている父ちゃんだけ食べてくれ』という話をよく聞いた」と山口さんは語る。「穂先の柔らかい部分は天ぷら、残りは汁物、卵とじ、たけのこ御飯等に。時間が経つとえぐみ(灰汁)が出るが、採れたてはそのまま調理でき香りも格別。ホイルで包んで蒸し焼きにも」と、山口さんは手際よく皮をむき、硬い節をおとしていく。一旬(10日間)で竹になる「筍(たけのこ)」というように、まさに旬の料理が食膳を彩る。

 

竹の子汁に鯖の缶詰、この「意外な定番」は一度食べたら来春が待ち遠しくなる味。昭和初め頃の食生活に味噌の汁物は欠かせず、季節の野菜や精がつくものを加え、煮て食べることが基本にあり、またお菜(おかず)を兼ねていた。竹の子汁は、日々の食生活から生まれた自然の恵みが育む里のごちそうである。

 

(地域文化№100・2012春号 掲載)

 

稈の根元が弓状に曲がることから根曲竹(ねまがりだけ)と呼ばれる

根曲竹と鯖の缶詰の竹の子汁。長野県北信濃のほか、新潟県上越地方でも食べられる

だし汁に、節抜きをした竹の子とほぐした鯖の水煮缶詰を入れて煮る。味噌を加え、最後に溶き卵をおとして完成

「高山村で暮らし始め、山歩きや山菜採りを地域の皆さんから学びました」と山口さん

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