地域文化連載「風土が育む 郷土の食」

Vol.06 天寄せ 茅野市

「海・山・人が育んだ結晶」

色とりどりにきらきらと透き通って光る天寄せ。無味無臭、無色透明の寒天の特徴を活かし、さまざまな色・調味料・食材を加え、バリエーション豊かにつくられる。
天然寒天は、海藻の煮凝り、いわゆるところてんを冬の寒さで凍結脱水し、乾燥させた日本生まれの食品。江戸初期の京都で、偶然にも凍結・乾燥を繰り返した「ところてんの乾物」から寒天の性質が発見された。

長野県には江戸後期、諏訪小倉織の行商で関西を訪れた諏訪郡玉川村穴山(現茅野市)の小林粂左衛門が、寒天製造は諏訪の気候風土に適していると考え、製法を学び帰り伝えた。それ以降寒天製造は、農家の冬季副業として諏訪地方に定着した。次第に家内工業へと生産が拡大し、地元では寒天製造業者を天屋と呼んだ。原料の海藻は、伊豆や越後方面から遠路運ばれ、12月から2月の製造時期には、寒さに慣れた雪国方面から天屋衆と呼ばれる大勢の出稼ぎが集まった。

長野県茅野市宮川で三代続く天屋の家に生まれ育った小池かつ江さん(67歳)によると「昔は貴重な砂糖を少し入れただけの無色透明の天寄せだった。だんだんと色をつけたり、豆腐や溶き玉子が加えられたりした」。天寄せは、諏訪地方では祝儀、不祝儀、祭事には欠かせない料理という。「作り置きができて持ち運びもし易いので、もてなしやお裾分けにも重宝します。人寄りの時には誰かが必ずつくってきてくれて、皆さんに喜ばれ、家々の工夫も楽しめます」と小池さん。

茅野市は、北西に諏訪湖、西に守屋山、北から東にかけて八ヶ岳連峰に囲まれている。標高が高く寒冷な気候で、降水量は少なく空気は乾燥している。稲作の冷害や耕地不足等、農業には厳しい環境のもと、早くから商工業が発展した。その中で天然寒天製造にとって最適な低温・乾燥という自然条件を備え、明治38年の鉄道中央線の開通を機に、国内外に向けての地場産業として飛躍した。小池さんは「毎年11月半ばを過ぎ、野沢菜を漬ける時期になると、秋の収穫を終えた農家から天屋の元へ出稼ぎが集まり始める。製造最盛期の冬場には、この辺りは、大勢の天屋衆で活気づき、商店も賑わいを見せた」と語る。

海の恵みと山国の気候風土の合作である寒天は、現在に比べて食生活が慎ましかった時代よりこの地域の食卓に彩りを添えてきた。工場生産が増す昨今だが、天然寒天には諏訪地方の厳しい冬と向き合ってきた人々の凛とした強さが込められ、澄んだ天寄せは、張りつめた冬の朝の空気を想わせる。

(地域文化№99・2011冬号 掲載)

寒天の干し場。夜間、諏訪湖や西山越えの寒風が吹き、氷点下10~15℃の厳しい冷え込みが朝方まで続く

「豆腐の天寄せ」。赤に豆腐の白が引き立つ。赤は祝儀、青は不祝儀に用いられる色

天寄せ・かんぴょうの太巻寿司・りんごの三品を寄せ盛りにした「三つ盛」。冠婚葬祭や人寄りの際、場面に合わせた色の天寄せに変えて振る舞われる

「若い皆さんのアイデアも勉強になりますね」と小池さん。6歳のお孫さんも天寄せのおやつが大好きという

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