地域文化連載「風土が育む 郷土の食」

Vol.02 山肉料理 飯田市南信濃

「山の恵みが運ぶ豊かさ」

遠山郷の名で知られる長野県飯田市南信濃は、県最東南端に位置し静岡県と県境を有する。天竜川支流の遠山川に沿って険しい山々が囲み、川岸に急峻な斜面が迫る谷間の里は、木々の動きが肌に伝わるほど山に近い。南信濃に生まれ育った片町彰さん(60歳)は「訪れた人皆、いい所だと言ってくれる。どんぶりの底にいるようでおっかないと言う人も時々いるが」と遠山地方の語り口が親しみ深く温かい。

山国信州には、多様な野生動物の獣肉を食材とする山肉料理が各地にある。地元で山肉専門店を営む片町さんは「定番は鍋。最近は食べなくなったが、シカ肉は刺身が一番美味しい」という。
仏教思想の風潮により表立って定着しなかった日本の肉食文化は、江戸時代から少しずつ生活に浸透し始め、明治5年にようやく公の場で奨励された。それまで山国の生業、狩猟による獲物は貴重なタンパク源のひとつとして、また薬食いと称して食べられていた。そして、戦後の高度経済成長により食文化も転換期をむかえる。片町さんによると「戦後しばらくの間も、今ほど肉を食べられる時代ではなかった。正月や土用の丑などの特別な日、また毛皮が買い取られて残る肉を野菜と煮込んで食べていた。薬になる内臓も貴重で、干したクマの胆を米粒ほど削り、湯に溶かして飲むと万病に効く」そうである。

「山肉は硬くてくせがあると抵抗感を持つ人もいるが、味は処理の仕方で変わる。近頃はジビエの呼び名で知られ、実際に食べて印象が変わったという人も多い。山肉の脂は、さっぱりとしてもたれない。シカ肉は鉄分が豊富で特に女性に良い」と片町さん。狩猟が盛んなヨーロッパでは、古典的かつ身近な食材である山肉。調理法も多彩。信州の山肉もこれまでの固定観念に捉われず、新たなスタイルで広まりを見せている。

「野生動物の肉は自然の恵み。りんごが好きなクマの腹中は発酵したりんごのいい匂いがして、内臓はとてもきれい。よっぽど山に食べ物がない限り、他の動物を襲ったりはしない。里にも下りてこない」そう話す片町さんは、近年の生態系バランスの変化を憂慮する。「動物も一生懸命生きている」の言葉が印象深い。飽食の時代の中で見え難くなっている「もの」そして「いのち」のありがたさ。片町さんは「感謝の心を忘れてはいけない」と語る。自然環境と調和しながら山肉料理が広まれば、きっと豊かな心と元気の源を運んでくれることでしょう。

(地域文化№95・2010冬号 掲載)
 

国重要無形民俗文化財「遠山の霜月祭」の里。かつて和田は塩の道、信仰の道である秋葉街道の宿場町として栄えた

猪鍋。大根、牛蒡、長葱、こんにゃく等を入れ、味噌で味をつける。イノシシやクマ肉の旬は初冬

クロスグリのソースの鹿ステーキ。シカ肉は脂がのる夏が旬。地元の保育園給食では、コロッケやハンバーグにミンチ肉が使われている

片町さんと共に暮らしていた双子の子グマ。片町さんは職業で山肉を扱う傍ら、愛情を持って動物と向き合ってきた

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