地域文化連載「風土が育む 郷土の食」

Vol.01 おしぼりうどん 埴科郡坂城町

「夕暮れ時になると隣近所から ぱたん、ぱたん とうどんを打つ音が聞こえました」

稲の裏作で大小麦や雑穀を栽培し、粉物が主食であった頃、家庭では地粉でうどんを打ち、旬の野菜と一緒に煮た料理が日々の食卓に並びました。

長野県埴科郡坂城町に伝わる「おしぼりうどん」は、辛味大根をすりおろし、おろしたてを手や布巾でぎゅっと絞った「おしぼり」と呼ばれる絞り汁に、味噌を溶かし、茹でたてのうどんをつけて食べる郷土食です。海から遠く離れた信州では、だしをとる昆布や鰹節が手に入りにくく、醤油もまた高価なもので、普及したのは江戸から明治にかけてといわれます。そこで、うどんやそばのつけ汁に身近な食材が用いられ、今も変わらぬ郷土の味として親しまれています。冬の寒い時期、大根の辛さと熱々のうどんで温まったそうです。

坂城町の地形は自然の城郭の如きといわれ、東西に連なる山々、町の中央を南北に貫流する千曲川、その両岸に広がる扇状地、これらが坂城広谷(ルビ:こうこく)と呼ばれるひとつの独立地域を形成しています。戦国武将の村上義清で有名な村上氏発祥の地であり、江戸時代初めに天領地として陣屋が置かれました。また北国街道の整備により宿場町としても栄え、その歴史や土地柄から坂城町の人々は、独立心が強く、義理堅いといわれています。

片山しさ子さん(60歳)は坂城町に嫁ぎ、お姑さんに習って初めてうどんを打ち始めました。「坂城でうどんといえばおしぼり」といわれるように、各家庭にはこだわりの味があります。片山さんは家族や友人が「美味しい!」と喜んで食べてくれる笑顔に後押しされ、試行錯誤を繰り返したそうです。

坂城町は、降水量が少なく寒暖の差が大きい中央高地式気候で、日照時間も長いことから、農作物は身がしまって糖度の高いものに育ちます。「おしぼり」を作る中之条大根(ねずみ大根)という辛味大根は、江戸時代に薬用として長崎から伝来したといわれ、地元では「甘もっくら」と表現される辛味と甘味が調和した小振りの大根です。礫(ルビ:れき)混じりで水はけの良い土壌に適した作物で、8月に種を蒔き、11月から12月にかけて収穫されます。収穫前の冷え込みで甘味は一段と増し、また小さめの方が辛味は強いそうです。主に中之条地区の土壌に適し、古くから栽培されてきましたが、平成16年「からねずみ」の名称で品種登録がされ、現在は坂城町一帯で栽培されています。

「坂城の気候はとても暮らしやすい。すぐそばには山があり、最初は覆われている感じがしましたが、今では山が包んでくれているように思います。川もあります。主人がよく鮎を釣ってきますよ」と語る片山さんの家族や友人を大切に思う心は、地域の食や自然を大切に思う心へつながっていると感じます。
坂城町を訪れ、包み込まれるような豊かな自然を眺めていると、日々の生活を一歩一歩丁寧に過ごしたい穏やかな気持ちになります。そして、おしぼりの目の覚めるような辛さに気持ちも引き締まります。

(地域文化№94・2010秋号 掲載)

長野市から上田市にかけての更科の里に伝わる郷土食。薬味は、ねぎ、鰹節、胡桃など。「おしぼり」のつけ汁でそばも食べられる

大峰山、虚空蔵山などの川東山脈、大林山、岩井堂山などの川西山脈が連なる。そこから千曲川に流入する河川によって山麓扇状地が形成されている

広くは「ねずみ大根」という名で知られ、下膨れの形状とねずみの尻尾のような根がその名の由来。信州の伝統野菜認定。熱を加えると強い辛味はぬけ、残る甘味は砂糖いらず。地域おこしの一環として、焼酎、おやきの具など幅広く活用される

二毛作地帯の坂城では、うどんも地粉で打つ。近頃は手打ちをする若い人が減り、講習会などでは男性が多く集まるという。うどん打ちは、家事から趣味へと移り変わっている

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