-自然をみつめた日本画家- 戸田祐暉展

展覧会の詳細

展覧会名-自然をみつめた日本画家- 戸田祐暉展
会期1999年10月16日(土)~11月7日(日) ※会期中無休
場所長野市岡田178-13 八十二別館1階 ギャラリー82
概要 戸田は伊那市東春近出身でおもに下諏訪町と東京で制作活動をしました。児玉希望の門下生として、若くしてその才能が認められ、20歳で日展(文展)に初入選し、以降日展(新文展)などへ出品しいくつかの大作をのこしています。
 日本画はこの100年間で2度にわたり大きく変わりました。最初の変革は明治維新を契機に、西洋文明の流入をうけた日本画の西洋化でした。2番目の変革は、第2次大戦の敗戦を機に日本画滅亡論が提唱され、花鳥風月を題材としたお座敷の掛け軸からの脱皮で、これは街にでて庶民生活のレベルでの制作意識が作家に要求されましたことをうけての変革でした。
 敗戦後、師、兄弟弟子、画家仲間が各々日本画滅亡論に対する答えを自ら見つけ出そうと苦闘しました。戸田も日本画変革に正面から立ち向かいましたが、その苦悩の中、29歳の若さで自ら命を絶ちました。
 

とだ ゆうき
大正10(1921)年6月8日伊那市に生まれる。幼少の頃、小児麻痺により左足が不自由になる。小学校卒業後、上絵師の木村亀次郎のもとで上絵を学ぶ。その後、児玉希望の画塾に入門した。18歳のとき日本橋・三越での児玉希望画塾展には奥田元宗、佐藤太清らと共に「杉林」を出品した。戦後、全信州美術展、日展などに出品し、日展での特選を目標に制作に打ち込んでいたが、昭和25(1950)年8月27日自害。享年29歳。

農家の秋(みのり)

1940~49年頃
P200号

温泉の村

1941年
P200号

ちょう(デッサン)

1942年

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