ふるさとの文化財を守り伝える心

Vol.27 竹を編む 絆を編む 松本のミキノクチ製作習俗

「お神酒の口」と呼ばれるミキノクチは、お神酒徳利に挿して飾る竹細工の縁起物で、松本周辺では毎年暮れになるとこれを神棚に供える風習が広くみられました。江戸時代末期に下級武士たちの内職として作られはじめたと言われる松本のミキノクチですが、現在は1軒だけで製作が行われています。
唯一の編み手である千野恵利子さんは、小さい頃から祖母の矢沢とよ子さんの側でミキノクチ製作に触れてきました。神様を意識する仕事であるため、「ミキノクチはお前が継げ」という祖母の言葉に負担を感じていましたが、懸命に製作に携わる祖母の姿を見て、30歳でその技術を受け継ぐ決心をしました。製作期間中は塩尻の住まいから松本の実家まで通う毎日ですが、「親子でコタツを囲み仕事をする時間を持てる。それがミキノクチの製作を手伝って得ることができた一番の幸せです」と、この20年間を振り返ります。
製作には竹を割く、編む、仕上げるという3つの工程がありますが、その中でも最も難しいのが竹を均等の細さに割く作業。父親の矢沢清美さんの熟練した技術がこれを長年支えてきましたが、昨年の春に清美さんが急死。竹を割く技術を継ぐ者がなく、もう諦めるしかないのかと悩んでいたなか、偶然にも県内の竹細工職人から「作業風景を見せてほしい」との依頼がきました。「亡くなったお父さんが連れてきてくれたのかもしれない」とご縁を感じた千野さん。技術を学びたいというこの職人の真摯な姿に接し、竹を割く技術を覚えてもらうことにしました。
ミキノクチの製作技術を絶やすことなく残していくことは大変なことですが、「先のことを考えすぎず、その年ごとに自分ができることを精一杯頑張ればいい。そう思うと気を楽にして進められます」と千野さんはにこやかに話します。千野さんの手で作られるミキノクチには、先祖から受け継がれてきた技術だけではなく、作り手の真心と感謝の気持ち、そして家族の絆と家族を超えた新たな絆が編みこまれています。

「松本のミキノクチ製作習俗」(平成10年 国選択無形民俗文化財)
材料は日陰で育った2~3年ものの真竹を用いる。例年11月に入ると竹を割く作業にとりかかり、12月に入ると編み始める。細かく割いたヒゴ状の竹を曲げて編み、美しい形に作りあげていく。宝船、福松、五葉松、松竹梅、一つ玉、三つ玉などの形がある。ミキノクチは松本市立博物館に常時展示されている。

ミキノクチは松本市縄手通りの露店で12月25日から31日に販売される。大晦日になると神棚にはミキノクチを挿したお神酒徳利が一対供えられ、歳取りにはそのお神酒をありがたくいただく。こうした風習を残している家庭は今でも見られる。

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