ふるさとの文化財を守り伝える心

Vol.16 子どもたちの健やかな成長を願って 戸沢のねじ行事

信州の農村には、道祖神のある風景がよく見られます。道ばたの石造物からは、ひとびとの素朴な願いが伝わってくるようで、見る人をなごませます。道祖神は県内に広く見られ、数多くの祭礼行事が行われています。上田市真田町長戸沢地区では、わらうまを引いて、米の粉でつくった「ねじ」を持って道祖神にお詣りにいく行事が残っています。
ねじは、2月8日に、子どもが引くわらうまに背負わせるほか、重箱に詰めて持参します。重箱のねじは、一つを道祖神にお供えし、残りは居合わせた人たちで交換します。前日には親類縁者が集まり、賑やかにねじ作りが始まります。「ねじは戦時中も途絶えることなく作られてきました。一方で、わらうま作りには技術が必要です」と、この行事に詳しい柳沢孝雄さんが語ってくれました。
最近では、勤め人が増え、農業に従事する人が減り、技術を持つ人が少なくなりました。近年はわらうま作りの保存会による技術継承の活動も難しくなり、わらうまの作り方を習うために、名人の柳沢斉(ひとし)さんのもとに集まるのも数名です。それでも「毎年必ずわらうまを作ろうと、声がかかります。みんな子どもや孫のために頑張っています」。柳沢韶子(あきこ)さんの言葉には、数少ない継承者への期待が込められています。
少子化や都市部への人口集中により、子どもの姿は少なくなりました。そのため2月8日には、戸沢で暮らす子どもだけでなく、行事のために帰省した若い世帯の子どもたちが参加する姿も見られます。しかし郷里を離れた人びとも、戸沢に暮らす人びとも、子どもの健やかな成長を願う気持ちは変わることなく、こうした願いの強さがこの行事を守り伝えています。
今年わらうまを引く子どもたちも、やがて大人になり、今度は自らの子どもたちの成長を願って子どもとともにねじを作ることでしょう。
ねじやわらうまに込められた願いは未来へ巡ります。

「ねじ」
 ねじは、米の粉に湯を加えてこね、茹でた生地に彩色し、餡を詰めてかたちを整える。伝統的なかたちに、木の葉や動物がある

道祖神にねじを供え、子どもの無病息災を願う。戸沢のねじ行事は平成8年(1996)に、国無形民俗文化財に選択された。ムラに悪いものが入るのを防ぎ子どもを守る道祖神の祭りと、稲荷信仰のわらうま引きの行事が習合したものと考えられている

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