海尻城跡 ウミジリジョウアト 

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史跡

指定区分・種別村-指定-史跡
内容城跡
指定年月日昭和 47/10/14
時代区分時代区分不明
年代
作者
所在地南佐久郡南牧村海尻下殿岡ほか
寸法・材質・形状
概要解説海尻城跡は小高い山の上にある一の曲輪、二の曲輪(現海尻集落)、三の曲輪(現医王院付近)で構成されている。周囲は、北に大月川が形成した深い谷、南は谷底の湿地、尾根続きの西側は3条の大堀切がある。城主については伴野氏の幕下井出長門守によって築かれたと伝えられているが確証はない。天文9年(1540)には海尻城を守る村上氏と武田氏との戦(海尻城の合戦)があり、勝利した武田氏の佐久侵攻の足がかりとなった。現在までに本格的な発掘調査はされておらず、言い伝えでは二の曲輪があった場所から多聞天像、持国天像がみつかったとされている。
交通案内JR小海線海尻駅から徒歩10分

※ご注意ください:すべての文化財は見学が可能とは限りません。見学の際は、事前に関連する教育委員会へお問い合わせください。

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